ドイツの扉

ドイツの扉

1年間限定のドイツ生活。わからないことだらけだけど、ドイツの扉をたたいてみます。

ドイツでカルチャーショックを経験した理由について考える

ドイツに来て約3ヶ月。新しい仕事や環境に慣れるのには3ヶ月必要だというのはよく聞きますが、確かに3ヶ月経って気持ちが随分楽になったのを感じます。

 

振り返ってみると、最初の1ヶ月は結構辛かった!カルチャーショックの見本のようなカルチャーショックを経験している自覚がありました。外に出たくない、外に出て現地の人と交流することに不安を感じる、道ですれ違う人達が自分に危害を加えるのではと恐怖を感じる、食べ物や食器などが清潔ではないのではと疑う、ただひたすら疲れる、などなど。

 

なにより辛かったのは、なんで私がカルチャーショックを受けているのか理解できなかったことです。

 

海外生活の経験もあり、仕事で海外に行くことも多い。文化の違いについての知識もカルチャーショックに関する知識もあると思っていました。それに加えて夫はドイツ人。ドイツにはこれまで何度も来ているのに、なんでこんなに辛いんだろう。なんで私が?と思っていました。

 

今考えると、私がカルチャーショックを受けた理由は以下のようなものだと思います。

 

1. ドイツ語ができなくても英語ができればなんとかなると甘く考えていたこと

 

ドイツに遊びに来るのと住むのとは大違い。観光地は英語ができる人が多いし、夫の助けもありました。でも田舎の町の役場やパン屋、肉屋などの生活環境では英語は役に立ちません。それに、四六時中夫に頼るわけにもいかない。通勤定期を買いに街の交通局に行ったときなんて半泣きでした。Google翻訳を駆使しながらなんとか定期は買えたものの、こんな簡単なこともできない自分が情けなくて。

 

語学学校の集中コースを受け始めて6週間、日常生活で必要な簡単な会話はなんとかできるようになってから、必要以上に緊張したり落ち込んだりすることはなくなりました。もちろんドイツ語レベルはまだまだ低いので、これから引き続き頑張らなくてはいけませんが、海外で生活する上で現地語を学ぶのは本当に大事だと感じます。

 

 

2. アメリカとドイツは違うのだと意識していなかったこと

 

学生時代も含めると合計で5年ほどアメリカに滞在していたので、海外ならどこでもやっていけるという気持ちでいたのがまず間違い。アメリカとドイツは大違いです。

 

とくに人付き合いの仕方が全然違います。アメリカ人の多くは会った瞬間からフレンドリー。5分後には友達呼ばわりです。それがすごく表面的で嫌だった時期もありますが、ドイツに来た当初はそれが懐かしかったです。ドイツ人の多くは初対面の人とは丁寧に対応しますが、距離があるんです。何度か会ううちに打ち解けてくれますが、それまでちょっと不安でした。

 

 

3. いろんなことが日本よりのんびりしていると理解していなかったこと

 

電車やバスがしょっちゅう遅れることも、郵便や宅配システムが日本みたいにしっかりしていないことも、レストランでなかなか店員さんが来てくれないことも、スーパーのレジで大行列ができていても店員さんは呑気にお客さんとおしゃべりしていることも、最初はすごくイライラしました。でもドイツではこんなもんなんだと思ってからは随分気持ちに余裕ができました。時々ふと忘れてイライラすることはありますが、日本とは違うしね、と自分に言い聞かせています。

 

4. 自分のプライドが高いこと

 

1番の理由と関係しますが、ドイツ語ができないせいで周りから一人前の大人として扱われていない感じがしたり、拙いドイツ語を人前で話さなくてはならないことに恥ずかしさを感じたりすることがストレスでした。そのせいでしばらくはドイツ語そのものに拒否反応が出て、夫がドイツ語で話しかけてきただけで悲しくなっていた時期もあります。

 

海外で生活するのにプライドは本当に邪魔もの。今でも完全に捨てているわけではないですが、「どっからどう見ても外国人です。頑張ってドイツ語を使う努力はしますが、私のドイツ語はひどいですよー。ごめんなさいねー。」という気持ちで生活しています。

 

これからどんなふうに気持ちが変化するかはわかりませんが、プライドのためにドイツ語を使うのをやめたり、英語だけで生活したりというのは避けたいなと思うのです。

 

カルチャーショックは一過性のものではなく、ターニングポイントごとにまたやってくるもの。次のショックが来た時には前回よりも早く立ち上がれるように、これからも私のひどいドイツ語で周りの人たちに話しかけていきたいと思います。

 

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